がんや心臓病、脳血管疾患など国民の多くがかかる「3大疾病」の早期発見につながる次世代型のコンピューター断層撮影装置(CT)が登場した。四半世紀ぶりに撮影技術が刷新し、動脈硬化の状態やがんか否かを把握できる可能性がある。X線の被曝(ひばく)量は条件によっては従来の20分の1だ。普及すれば医療が変わると期待を集める。

6月中旬、神奈川県伊勢原市の東海大学医学部付属病院で、独シーメンス製の次世代型CT「ネオトムアルファ」が動き出した。関係者は「テレビが白黒からカラーテレビになったくらいの衝撃」と評する。

「CTの限界を打ち破る製品ができた」(シーメンスヘルスケアCT事業部の田中秀和氏)。分解能は人の骨の中で最も小さい約1ミリメートル大の耳の「アブミ骨」でもはっきりと構造を撮影することができる。これまでのCTでは見えにくかった。

被曝量も減る。例えば副鼻腔(びくう)を撮影する場合には、従来は0.2~0.8ミリシーベルトだったが0.01ミリシーベルト以下にできる。撮影時間は70センチメートル超の広範囲の撮影に従来、約10秒かかるところが1秒以下で撮影できるようになった。

次世代型もX線を使う点では従来のCTと同じだ。X線を照射して、体を透過してきたところを検出器で受ける。従来は検出したX線を可視光に変換し、さらに電流に変えて画像にしていた。変換時に物質の性質に関する情報を失うため、高精細の画像を得るにはより多くのX線を照射する必要があった。

次世代型はX線の検出器を改良し、X線があたった際に生じる電子の数を検出し、そこから画像にできるようにした。変換による損失が減るわけだ。電子を直接測ることで物質の性質に関する情報を詳細に把握でき、透過した組織の成分を識別できるようになった。

「最も役立つのは心臓や血管、頭頸(けい)部などの診断だろう」と東海大学の橋本順教授は指摘する。狭心症や下肢動脈閉塞症などで動脈硬化を起こした血管の壁にはカルシウムが付着している。従来のCT検査ではカルシウムの蓄積と血流の見分けがつきにくかったが、次世代型では容易に判別できるという。

くも膜下出血につながる脳動脈瘤などの検査でも活躍しそうだ。次世代型は生体組織の細かい構造を把握できる。小さな動脈瘤でも患者の負担になるカテーテル検査をしないで、診断や経過観察をしやすくなると期待されている。

「がんの早期発見にも役立つ」。放射線学の有力者、独アウクスブルク大学放射線科のフロリアン・シュバルツ医師は指摘する。

従来のCT撮影では腎臓や胆管については良性と悪性を見分けるのが難しかったが、次世代型は画像の濃淡から見分けられる。数ミリメートルのがんを把握することもできるという。「大きさが鮮明にわかり、治療薬の効果が判断しやすくなる」と国立がん研究センター東病院の土井俊彦先端医療科長は話す。次世代型は被曝量が少ないため、一度のがん検診で全身を撮影できるようになる。

シーメンスは2012年に子会社にした沖縄県の半導体メーカー、アクロラドの技術を活用した。同社がX線を受けると電気信号を出す半導体の量産に成功。約15年かけて実用化したという。米国で21年9月に医療機器の製造販売の承認を取得。現在、米メイヨー・クリニックなど世界で約30台が稼働している。

続く動きもある。米ゼネラル・エレクトリック(GE)は20年、X線の検出器の開発に強みを持つスウェーデンのスタートアップ、プリズマティック・センサーを買収した。試作機は同国のカロリンスカ大学付属病院で稼働している。安価で高い診断性能を実現して数年内の発売を目指す。

国内企業ではキヤノンが開発に取り組む。16年に東芝メディカルシステムズを買収し、CTの国内シェアは5割超で1位だという。世界で1位を目指す方針を掲げ、次世代型の事業化も模索する。21年に検出器に強みを持つカナダの半導体メーカー、レドレン・テクノロジーズを買収した。

従来型で検出器から出る大量のデータを転送し画像を再構成する技術を培った。これを次世代型にも活用する。「人工知能(AI)や高精細CTなどでこれまで培った強みを生かして他社より性能の優れたものを実現したい」(キヤノン)。試作機を開発して、国立がん研究センターと研究を進めている。数年内の実用化を目指す。

普及への課題はコストだ。シーメンスの製品は約10億円と、従来型の中で最も高価格のものの約2倍する。関係者は今後量産や改良が進めば、コストは下がるとみている。参入企業が増えれば価格競争も期待できる。企業によって検出器に使う材料などに違いがあり、性能に差が出る可能性がある。

AI活用で性能向上、普及へ保険制度整備カギ

米調査会社のフロスト&サリバンなどによると、現在のCTの市場規模は55億ドル(約7500億円)で、25年には20年比で1.4倍の63億ドル(約8600億円)まで伸びる見込みだ。放射線学の著名な研究者であるオランダのガブリエル・クレスチン教授は「将来すべてのCTは次世代型になるだろう」と指摘する。

国内のCT導入数は世界で群を抜いている。経済協力開発機構(OECD)の最新の統計によると、人口100万人あたりのCT台数は20年には116台。2位のオーストラリアは21年に69台となっており、約1.5倍もある。
日本は画像データが集まりやすい環境にあるわけで「AIを活用して正確な診断ができる可能性が高まる」と国立がん研究センター東病院の土井俊彦先端医療科長は期待する。次世代型は従来型よりも情報量が多い。そのデータを学ばせればAIの性能がさらに高まり、がんなどの早期発見につながると期待されている。
がんに加えて脳血管疾患、心疾患を合わせた3大疾病は、国民の死亡原因の約半数を占めるといわれる。治療期間が長く治療費もかかるため、早期発見・早期治療が重要になる。救命だけでなく、正確な診断によって適切な治療につながり、医療費抑制にもなる可能性があるため、優れた検査技術が常に求められている。
普及には保険収載など国の制度整備も必要だ。現時点では従来型も次世代型も保険点数に差はない。病院経営の視点からみれば、より高額な次世代型の普及には保険制度での後押しが求められそうだ。
次世代型の普及はこれからだ。さまざまな病気の検査に利用する中で、有効な使い方が見つかる可能性もある。多くの患者の早期発見、早期治療に役立てるためにも、データの収集、活用を促す必要がある。(満武里奈、藤井寛子)

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